
2008年 8/18〜23 ベトナムへ撮影のため出張をしていた。
■何故ベトナムへ?
今年の春に県内製造業のT社会社案内VPを制作した。
その仕上がりを社長が気にいってくれたようだ。
数回目の試写でOKになった直後、
「ベトナムのもつくってもらおうよ!○○君!」
と同席していた担当者に一言。
T社は数年前にベトナムに現地法人の工場を立ち上げた。
その場ですぐにベトナムの初回打ち合わせ。
しっかりとした対応をしていれば次につながるという良い例だ。
■行き先
ハノイ(首都)/タンロン工業団地
宿泊はハノイ市街地のホテルだ。


このホテルから毎日T社ベトナム工場へT社現地駐在日本人スタッフと
チャーター車輌で移動した。
毎日と書いたが一日だけ別行動でガイドを雇ってハロン湾(世界遺産)へ行った。
■スタッフと機材
ディレクター:福田
カメラマン:S
T社担当者(社命でスチール撮影)
カメラ:HVR-V1J
三脚:マンフロット503HDV
照明:NEP LEDライト(LH-14)


HVR-V1JはカメラマンSが機内手荷物としてバッテリーと共に持ち込んだ。
三脚その他は預け荷物のスーツケースに。
最悪の場合、預けた荷物が同じ飛行機に乗らない、
また、盗難・破損などがあった場合でもスチール用の三脚くらいであれば
現地で手配できるのではないかと考えたからだ。
カメラはそうはいかない。
150W程度のバッテリーライトも持ち込みたかったのだが、
荷物を最小限にするために諦めた。
灯体の他に、ニッカドバッテリー、充電器が必要になる。
■8/18(月)
成田発 18:15のJAL機でベトナム・ノイバイ国際空港へ。
当日はベトナム駐在日本人スタッフのYさんが日本での夏休みを終えて
ベトナムに帰る(?)ということで、同じ飛行機になった。
これで空港に着いても安心。(^^
なにしろ自分を含めて海外慣れしていない3人なのだ。
23:00前にはベトナム着。
そのままタクシーでホテルへ直行。
Yさんが居てくれなければいきなりトラぶった可能性もあり!
出発前に、水とナマモノには気をつけるように言われていたので、
到着後からはミネラルウォーターばかり飲んでいた。

■8/19(火)
朝7:00ホテル発。(これは毎朝同じらしい)
(駐在日本人スタッフはこのホテルで暮らしている)
T社チャーター車輌に同乗する。
ベトナムT社に着くと朝礼などを待って早速ロケハン。
パンフレットを見て台本を書いたが、現場を見るのは初めて。
工場内の照明の暗さにビビる。
(HVR-V1Jは暗いところに弱い・・・。小型のLEDライトでは効果は期待できない)
一通りロケハンを終えると、早速撮影に入ることにした。
22日まで4日間あるのだが、一日は片道3時間かけてハロン湾に行かなくてはならない。
それと、どこかで半日はハノイ市内の観光名所も撮影して来いとのT社社長命令だ。
(これら観光地はVPで使う予定はないのだけれど・・・)
ということで実際は工場絡みの撮影は2日半しかない。
それでも天気に恵まれ、工場の外観を数ポイントから撮影。

現地スタッフを招集して、ロビーの風景や会議室の様子などを撮影。
17時で終業なので一日目はほとんど撮影できずに終了。
工場内を撮影できるは、あと1日半・・・。
■8/20(水)
8:00ホテル出発でハロン湾へ。
自分とSは6:00からのホテル朝食を早々に済ませ、
ホテル付近の道でバイクラッシュ(通勤風景)の撮影。

とにかくスゴイ!(↓動画)
http://ambitious.qee.jp/bike.wmvこれでも街の中心から少し外れているので中心地はもっとスゴイ。
ひっきりなしに流れるバイクの列に横から入ってくるバイクや車。
歩行者も信号など眼中にないのかもしれない。
(信号ができたのはまだ最近らしい・・・ホントか?)
マスクをしているのはホコリ対策だ。
見る風景全てが「これぞベトナム!」という感じで、
カメラマンSと数多くのカットを収めてきた。
ホテルのロビーに戻ったのは8:05。遅刻だ。
ハロン湾へは、日本語が少しできる男性ガイドと
日本語がまったくできない男性運転手。
“天気の良いハロン湾”を撮ってこいという社長命令が出ているのだが、
ガイドブックの写真ですら曇りのものが多いように思う。
実際、青空が出る日は少ないらしい・・・。困った。
ハロン湾への3時間の道のりは長い。
たまぁ〜に、ガイドと話す程度で流れる風景を見ていた。
ハロン湾にもう少し、いや、もうすぐハロン湾のようだ。
あの岩のようなものがそうなのだろう。
空は白い。っていうか雨降ってるんじゃないの?
フロントガラスに雨滴が・・・。
駐車場に到着した。
霧雨・・・。
観光船(通常は乗り合いだが、今回は貸切)に乗り込む。
出発。
空からは雨。
しかしまぁ、なんと運が良いことか!
「これがガイドブックで見た風景だ!」というあたりまでくると青空が出てきた。
雨もやんでいる。
ラッキー!

船上で昼食を摂り、テープもけっこう回して船着場へ戻って
また3時間の長い道のり。
20時ごろホテルに到着。
ホテルのレストランで夕食を摂っていると、駐在日本人スタッフのYさんが来た。
よし、明日からの工場内撮影の打ち合わせをさせてもらおう!
と思ったが、外で呑んできたらしく。
ベトナムの面白い話はたくさん聞けたが、打ち合わせはできず。
↓ベトナムの食べ物と言えば「フォー」

↓女性の正装 アオザイ


■8/21(木)
朝7:00ホテル発。
ベトナムT社に向かう途中もバイクラッシュはすごい!
工場着。
本来の目的である映像はまだほとんど撮影できていない。
とにかく撮れそうなシーンから撮っていくしかない。
今回は現地スタッフへのインタビュー(と言ってもコメント内容は決めてある)がある。
3人撮影しなくてはならない。
通訳も兼ねている総務(?)のベトナム人スタッフに撮影に付き合ってもらった。
と、言ってもずっと一緒にいられるほど暇ではないので、
ここは通訳が必要という場所以外は自分がジェスチャーでお願いした。
「ここで機械を操作しているようなシーンが撮りたい」
「帽子を浅くかぶってほしい」
「ちょっとこれどかしますけど・・・いいですか?」
まったくベトナム語はわからないので苦労はしたが、そこは日系企業に勤めるベトナム人、
なんとなくのニュアンスで伝わったようだ。
午前中はこんな感じで終了。
タンロン工業団地内にある日本料理店で昼食。
もう一つの社長命令。
“ノイバイ国際空港にJAL機が着陸するのを撮ってこい”
駐在スタッフYさんによれば、JALの機体が着陸するのは自分たちが乗ってきた時間帯、
つまり夜の便だけらしい。
まぁ、仕方ない。一応は空港に行って撮影を試みたという実績がなければ・・・
ということで空港へ。(工業団地から車で20〜30分)
着陸した日本からの便はベトナム航空の青い機体だ。
ベトナムT社に戻ったが、次に撮影できるのは1時間後だという。
ぽっかりと時間が空いてしまったので工業団地の外側にある集落(?)に
撮影に行ってみることにした。
あぜ道のようなところを5分くらい歩くと集落の内部に突入。
「あぁ、この雰囲気はベトナムの田舎なんだ!」
(ハノイは首都だけど市街地以外は田舎そのもの)
VPでは使わないが、いくつかのシーンを撮影して回った。
「シンチャオ(こんにちは)。ちょっと撮らせてもらっていいですか?」
シンチャオ以外が全て日本語。
ジェスチャーで写真を撮るような素振りをしてからカメラマンSにレンズを向けさせる。


液晶モニターに写ること自体が珍しいのか、カメラの後ろには常に誰かいた。
液晶を見ながら、「おぉー!お前がここに居るぞ!」と仲間に言ってるようだ。
正直ちょっとビビっていた。
撮影というものに慣れていないようなので、怒る人もいるのではないかと・・・。
心配は無用だった。
工業団地に戻るときには、「がんばって!」と声をかけられた。
少し日本語がわかるオバサンのようだった。
ベトナムT社に戻り、夕方までに撮影できるシーンを撮って最終日前日は終了。
これでほとんどの素材は撮れたが、まだ残しているものもある。
明日(8/22)は最後の社長命令“ハノイの観光地”の撮影もある。
半日は必要だろう。
工場内を撮影できるは、あと半日・・・。
全部撮り終えることができるのか?
■8/22(金) 最終日
いつも通りの時間にロビー集合なのだが、
今日はチェックアウトの日。
早めに朝食を済ませてチェックアウト。
問題なく終了。
ベトナムT社到着後は、朝礼終わりを待って残りの必要シーンの撮影に入った。
前夜、ホテルで素材をチェックしたところ、服装が乱れているシーンがあったので
それの撮り直しも含めて行った。
10:00には市内観光地めぐりへ出発だ。
通訳が出来る女性スタッフに同行してもらい、途中昼食を挟んで6箇所を回った。


まぁほとんど外観のみなのでよかったが・・・。
ちなみに昼食は5つ星ホテルのレストランだった。
撮影場所残り一箇所になったところで、市街地(マーケット?)へ案内してもらい、
お土産を買う時間を設けた。
自分はほとんど買わなかったけど・・・。買っておくべきだった。
14時ごろベトナムT社にもどり、ラストスパートで残りのシーンを撮影。
予定外のエキストラカットもいくつか撮れた。
18:00には荷物を整理してベトナムT社に置き、駐在スタッフ全員と夕食会。
21:00ごろに車で空港に送ってもらった。

8/23 00:05 の便で日本に到着したのは8/23 7:00ごろだ。
高速バスで群馬まで帰り着いたのはお昼少し前だった。
無事日程終了。
早速素材のキャプチャーを開始。
HDV収録してきたが、納品は4:3/SDなので、HVR-V1Jからサイドカットで出力。
80分テープ5本。約5時間の素材になった。
不要なシーンも沢山あったが、面倒なので全キャプチャー。
■ベトナム社員向けDVD作成(8/24)
駐在スタッフから頼まれたことがあった。
撮影したシーンをすべて使うわけじゃないのは承知している。
でも、撮影されたにもかかわらず編集でカットされて
ベトナム人スタッフたちをがっかりさせたくない。
彼らは自分たちがテレビ画面に映るという経験がない。
編集ということではなく、撮ったものをDVDにしてくれないか?
それは工場内のモチベーションをあげることにつながるんだ。
自分たちがテレビに映っている!
「あっ、○○さんじゃーん!」
「わたしが映ってる!」
こんな風に喜ぶのはあきらかだという。
少しだけ工業団地の外で撮影した感じからしても
それはあきらかだ。
期間中に大変お世話になった日本人駐在スタッフのためにも早速編集だ!
(と言っても、タイトルつけて不要な部分をカットして素材をつなげるだけだけど・・・)
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約一週間もベトナムなどという自分にとっては未知の国にいくのは
正直言って憂鬱だった。
やらなければならない編集も溜まりぎみだったからだ。

行ってみたらそれまで自分が持っていたベトナムという国の印象とは
ぜんぜん違っていた。
バイクラッシュをみてもわかるように、この国には勢いを感じる。
ハノイあたりで一週間くらい過ごしただけでベトナムを語るな!
と怒られそうであるが、少なくともハノイという街にはそれがある。
経済的な知識は自分には無いが、
10,000VND(ベトナムドン)=65〜70円ということらしい。
10,000VNDで街中の屋台(っていうか道にイスを並べた場所)で
フォーが一杯食べられるらしい。
タバコは17,000VDNだった。
ワーカーと呼ばれる工員たちの月給は、
1,000,000VND〜12,00,000VNDくらいだと聞いた。
日本円にして8,000円くらいだろうか。
大卒でも1万2千〜1万5千円くらいらしい。
一方で、自分たちが泊まったホテルは85USD(米ドル)。
日本円で9,000円くらいだろうか。
ただ寝るだけのためにワーカーの一ヶ月の給料がなくなる。
携帯電話の普及率が15%くらいと聞いた。
それでも若者の間では急速に普及しつつあるらしい。
ベトナムの若者の三種の神器、バイク、携帯、PC。
すべて持っているのは裕福なほうなのだろう。

ベトナム戦争で多くの人が亡くなった国。
現在の国民の平均年齢を聞いて驚いた。
30歳以下だと言う。
国全体で30歳以下なのだ。
まだまだ古い文化も残っている。
その中にあって、日本を始めとする外国企業の進出は、
ベトナムにとってどういう影響を及ぼすのか?
自分には判らない。


しかし、確実に新しい文化がスタートしているのだ。
今はまだバイクが乗り物の主だが、すぐに自動車に変わるだろう。
日本の技術を学んだベトナム人が独立起業する。
貧富の差はますます激しくなるのかもしれない。
よく判らない。
自分が予測するべきことではないだろうと思う。
ただ単純に、自分はベトナムという国に魅力を感じた。
面白い・・・。楽しいという意味ではない。
今のベトナムは30〜40年前の日本のようだとも言われている。
30〜40年後に今の日本のようになっているだろうか?
社会主義国家である点で、今の日本と同じような発展の仕方ではないかもしれない。
そういう意味でも面白く、興味深い国だと思う。
またいつか行きたいと思う。
撮影という仕事ではなく、観光という目的でもなく、
可能であれば長期滞在をしてベトナムという国を感じてみたい。